2026.04.22

 " 色眼鏡は外せるか? "

 

 

昨日の

見方を変える話とも

繋がります。



人や物事を

ありのままに見られず

理解出來ないことが

悩みや苦しみから

抜け出せない原因となり



人や物事を

ありのままに見られない

ということは



自分に起こったことを

ありのままに見られない

ということです。



何故なら私たちは皆

自分を通して物事を見て、

解釈し、体験するからです。




自分に起こったことを

そのままに見られない

状態にあるときは



自分自身を含む

あらゆるものを見る目に

濁りや歪みが起こるメガネを

かけています。



あまりにも長く馴染んでいて

つけたことを忘れた

コンタクトレンズになっているものも

あるでしょう。笑




だからやはりこの場合も

自分と向き合うこと、

自分の見る目を理解することが

人を理解しようとすることよりも

先に必要になります。



コンタクトが入った目で

どれだけ眞っ直ぐに見ようとし、

新しい見方のメガネをかけても

なお視界が歪み、苦しみます。




濁り歪むコンタクトを入れた目に氣付き


そのコンタクトが必要だった理由を知り


否定せず受け入れ、理解する。




今の自分の見る目は

どんな体験や感情から

生み出されたものなのか。



それはきっと

樂しい体感ではなく

辛い感情になった体験であり、

2度と同じ想いをしないよう

自分を守るために生まれたはずです。




自分を守るのは

自然なことです。

生き物ですからね。

これを弱さと呼ぶ必要もないと思う。




ただ、人間の心の場合、

コンタクトを作った当時と今とで

必要性は変わる



自分を守った後に

理解することで

コンタクトを外しても

大丈夫になる



そうして裸眼になっていくと

他人のコンタクトの見え方や

それを付けざるを得なかった背景が

見えるようになる



人を理解することが可能になる

ということだと私は思います。