2026.05.16

例えば

「人生があと3ヶ月だったら」

という仮定をもって

未來を想像することが難しい時は

 

 

少しだけ方向を変えて

 

 

今やっていることや

毎日考えていることは

人生が終わる時の

満足の一部になるだろうか?

 

 

 

と質問してみると

現状が先にあって

将來のイメージと繋がるから、

やりやすいかなと思います。

 

 

 

人間には

現状と全く関係なく

未來を想像することが、

なかなか出來ない

状態のときもある。

 

 

 

何も浮かばない

何もやりたいと思わない

心が動かない、

私にはそんな時期がありました。

 

 

それは相当長かった。

 

 

若い頃に失った

樂しいという感情を

思い出すにも時間がかかった。

 

 

なんで樂しいもわからないんだ

何のために生きているのか

わけがわからない

息抜きって何?

力を抜く?どうやって

 

 

それでも終わらせたいわけでも

漠然と生きていたいわけでも

なかったから

 

 

 

自分と向き合って、向き合って

 

 

「今」向き合える限界まで向き合って

 

 

今ではないどこに向かって

今を生きるのかを

決める以外にやりようがなくなった。

 

 

 

それでも

樂しいとかやりたいとか、

そんな感情が静かすぎて

 

 

今の状況は全く関係なく

なんでもやりたいことを

イメージしよう!

それが出來なかった。

 

 

人生があと3ヶ月だったら?

この想像も出來なかった。

 

 

 

それなら自分で、

自分を観ることが出來る

立ち位置を探せ

 

 

いじけてないで、にげてないで。笑

 

 

 

『人生の最後に

 満足しているとして

 今やっていること

 いつも考えていることは

 その満足の一部になっているか?』

 

 

そういうわけで、これは

私が未來を想像するために

どうしたらいいか?

と模索する中で浮かんだ質問です。

 

 

願望ややりたいことベースよりも

日常の在り方がベースである方が、

私の人生観に合っているのでしょう。

 

 

今が、満足する人生の最期に

繋がるものかどうかという。

 

 

何をしたか

何をやり残したかというより

日々どう生きたか。

 

 

何をしたかは当然

どう生きたかの一部だけれど

何をするかという対象に

フォーカスすると、

自分には難しかったんでしょうね。

 

 

 

将來を想像することが難しい

誰かの参考になれば幸いです。