2026.04.30

" 良し悪しで分けない、ということ "

 

 

感情一つとっても

いい氣分、よくない氣分はある。

 

 

私たちはもちろん

なるべく長い時間

いい氣分でいたい。笑

 

 

けれども

ネガティブな時の自分に

「ダメな自分」

「よくない見方をしている自分」

というラベルを貼っているとしたら

 

 

それは癖になっている

余分な思考であり、

ネガティブな感情を

自分で増幅するという

副作用を起こしています。

 

 

 

感情を増幅することは

そのまま感じることとは、全く違う。

 

 

自分は自分と向き合って

感情をしっかり感じている、と

思っていても

 

 

自分で感情をより大きくし

囚われている強さと重さを

そう捉えている

可能性があるのです。

 

 

同じことでモヤモヤしたり

感情の起伏のきっかけが

いくつもあったりするのなら、

感じているのではなく

増幅してしまっています。

 

 

 

感じていれば

感情は残ることなく、

味わったという体感と共に

鎮まり、通っていきます。

 

 

 

自分自身を

良し悪しで分け隔てることと

自分の感情や想いを

感じること、

その後の静けさは

両立しないのです。

 

 

 

良し悪しで切り分け

増幅する癖を止めるために

必要なことは

 

ラベルは必要ない

ラベルを貼るのをやめよう

ジャッジをやめよう

 

と、決めることではありません。

 

 

 

思考の癖は「やめよう」で

やめられるものでは

ないからです。

 

 

強い思い込みと意志で

やめられる人もいるけれども、

そうでないのなら

別の方法を素直に採る。

 

 

私は、そうでない方だ。笑

 

 

 

必要なことは、自分で、

ラベルを貼った瞬間を観ることです。

 

 

観ようとする。

感情が揺れたら観る、

自分で氣付く、と

そのことを意識的に決めておく。

 

 

やめようと決めるのではなく。

 

 

そうすることによって

ネガティブな感情が

湧いたときから始まる

自分の頭の中の会話を

 

 

自分で確認することが

可能になります。

 

 

自分が悪い

 

他人がひどい

 

氣付いたはずなのに

決めたはずなのに

出來ていない

またやってる

 

こういう見方をしないといけない

こう感じるのが正しい

自分は性格が悪い

 

 

それらの言葉の

受け手や喧嘩相手になるのではなく、

その声が湧いているのを

観ている自分を保つ。

 

 

 

これは回数を重ねるとうまくなり

1回ごとに難しくなくなります。

 

 

 

観る自分がいてようやく

湧いてくるその声

正直な感情や気持ち、考えを

許し、感じる土台が出來る。

 

 

観ている自分は

良し悪しで自分を切り分け

悪を責めているのではなく

 

 

一人の自分の内側を観て、

存在を認めているからです。

 

 

そうして感情が

増幅されることなく

自分に存在を許され、感じられ、

鎮まることでようやく

 

 

その感情の源泉、

源泉の原体験を

自分の内側に見つけ

解くことが可能になります。